絵画館
コレクションの前身はウンター・デン・リンデン沿いのルストガルテンにあったベルリン王宮の王室ギャラリーである。ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ・ヴィルヘルムと、プロイセン王フリードリヒ2世の時代にギャラリーのコレクションは増え始めていった。
数世紀にわたるこれらのコレクションの収集には、金銭で購入したものだけではなく、戦利品やポーランドからの略奪美術品も多く含まれていた。ポーランド分割時に押収した数多くの美術品だけではなく、1656年にポーランド・ヴァーサ家の王室コレクション、1740年にポーランド王ヤン3世のシレジア・コレクション、19世紀はじめにはポーランド・リトアニア王スタニスワフ・アウグストのコレクションなどが、ベルリンの王室ギャラリーに加えられていった。
王室コレクションのギャラリーの最初の館長はグスタフ・フリードリヒ・ワーゲン (en:Gustav Friedrich Waagen) だった。1890年から1929年には著名な美術史家でキュレータのヴィルヘルム・フォン・ボーデ (en:Wilhelm von Bode) が、館長職を務めた。ボーデの指揮のもと、絵画館は国際的な地位を高めていくこととなる。
1904年に絵画館は、後にボーデ博物館と呼ばれるようになる新設されたカイザー=フリードリヒ博物館 (Kaiser-Friedrich-Museum) へ、多くのルネサンス美術品を移した。博物館は第2次世界大戦中に甚大な被害を受けたが、収蔵されていたコレクションの多くはドイツ中に分散して保管されていたため、失われることはなかった。しかし第2次世界大戦の終戦時に、高射砲塔防空壕の火災により400以上の美術品が失われてしまい、さらに数百点にのぼる絵画がアメリカ、ソ連に押収され、ソ連が略奪した美術品が戻ってくることはなかった。ドイツに残された残りのコレクションは東西ドイツで分割され、東ベルリンではほとんどがボーデ博物館に、そして西ベルリンではダーレムに収蔵されていた。
2006年6月には、1944年の終戦時から行方が分からなくなっていた、イタリア人画家アレッサンドロ・アッローリ (en:Alessandro Allori) の作品が、イギリス人ジャーナリストのチャールズ・ウィーラーから返還されている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
ドイツのベルリンにある美術館でとても歴史ある美術館です。
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