非常に興味がある文化です。
この時代にどのような暮らしをしていたのでしょうか。
瀋陽の歴史は大変古く、7200年前には定住集落(新楽遺跡)があったことが知られている。
その後はしばらく地域の地方都市的な位置にあったが、17世紀初頭、サルフの戦いに勝利した満州族のヌルハチは瀋陽を占領して後金の首都とした。1634年には盛京(満州語ムクデン)と改称されている。その後清と名を改めた後金は1644年に明の滅亡後の中国を占領し、首都を北京に変更するが、瀋陽は副都扱いを受け、1657年には奉天府と名付けられて多分に形式的ながら中央政府に準拠した官制がしかれた。現在でも市内にはその時の皇居・瀋陽故宮が残っている。
19世紀後半以降、それまで漢民族の移動を認めなかった満州(現在の中国東北部)が、ロシア帝国の南下政策により方針を改められて急激に開発されるようになると、瀋陽は地域の中心としての役割を担い、東北三省を束ねる政庁も設置された。都市としての瀋陽が大きく膨張したのもこの時期である。1912年の清朝滅亡後は張作霖や張学良らの奉天軍閥の拠点となり、1923年奉天市政公所が設置されて市政が施行され、1929年張学良によって瀋陽市と改称されたが、駅を中心とする市街地の大半は南満州鉄道の付属地とされ、日本が行政権や警察権を把握していた。1931年満州事変がによって日本の関東軍に占領されると、奉天に戻され、1945年の日本の敗戦後には再度瀋陽に復した。
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